公共トイレ/公園・景観施設
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建築設備と配管工事 2006年11月 vol.44 シリーズ:女性の視点からのトイレ
『公衆トイレとユニバーサルデザイン -あらゆる違いをクリアーするトイレは可能か-』

株式会社クラフト 結城 玲子

1. トイレとの出合い

公園施設としての公衆トイレにかかわるようになって15年ほどになる。それ以前は利用者としての立場であり、トイレというものは公共施設として使用者にほとんど配慮されていない、遅れた建造物であるという認識であった。現在の会社に入社した当初企画されていたトイレは、形は斬新であったが平面レイアウトに何の変化もなく、使い勝手に配慮された様子もなかった。当時は、適当な広さのブースの中央に和式便器を置いただけの平面図が普通だったのである。女性の立場としては大きな不満を抱えながら仕事をしていたが、ある財団からの助成金を得ることができ、「不満が解消できるような設計をしてみたらどうだ」という社命により、企画開発に携わるようになった。三人の子育て中であったが、子連れ育児、就業の中で感じるものを、7㎡足らずのユニットトイレの中に精一杯盛り込んでみた。今思えば、このトイレは「ユニバーサルデザイントイレ」の原点だったかもしれない。身体は健康であったが、乳幼児三人連れでのトイレ使用時は立派なハンディキャッパーと言えるだろう。独身時代と違い、子ども連れでは公衆トイレ利用を避けて通ることはできない。ユニバーサルデザインということばはまだ聞いたこともない時代だったが、使い勝手の良さを求めた結果、そのような形が見えてきた。

2.90年代の公衆トイレ

自分自身の不都合はさておき、開発となるとまず現状を正確に知る必要があった。東京でかつて仕事をしていた状況と、山形市という東北で子育てをしている状況とでは大きな違いがある。トイレという視点で二つの状況を見ると、後者に大幅な遅れがあることは事実である。果たしてどれくらいの違いがあるものなのか、非常に興味があった。その違いを単純にトイレの水洗化率で比較することもできる。この当時`92年において、東京都の下水道普及率は90%、山形県は27%である。ちなみに現在(2005年データ)は、それぞれ98%、62%であり、(表1)その差は近づいてきているが、こと公衆トイレにおける水洗化率となると、低くなってくる。公衆トイレの立地条件と関係しているものと思われる。快適性と水洗、非水洗は大いなる関係があるが、当時山形市の公衆トイレは、まだ汲み取り式が多かった。そこで私は山形市(普及率は47.6%)における公衆トイレ全調査を行った。調査項目は以下の通りである。(表2/3)この調査は私のトイレ設計の原点になり、仕事としての企画開発とユニバーサルデザイン市民活動の発端となった。
トイレの快適性を求めるためには、その当時トイレの3K(暗い、臭い、汚い)、もしくは5K(プラス、怖い、壊れている)を追放すれば良かった。これらを公衆トイレとして解決するためには、水洗化、レイアウトや素材の検討といったハード面の改良は勿論のこと、女性や子ども、高齢者、障害者(この頃こう呼ばれていた)の心理を理解したソフト面での配慮が求められた。しかし、当時公衆トイレの設計は男性中心の行政の中で行われていたため、これらへの配慮を求めること自体難しかった。これは、一地域に限ったことではなく、おそらく日本中の公衆トイレ全体に言えることだったのではないかと思われる。しかし、私の所属する日本トイレ協会活動(1985発足)により、私自身学ぶことが多かったし、行政サイドでも公衆トイレの向上に向けた取り組みは始まっていた。

3.だれもが使いやすい公衆トイレ

こうして’92年に開発されたトイレは、大型のトップライト(明るさ)、タイル張りの室内(清潔感)、大型の便器(体格が向上したため)、大型の埋め込み式鏡(快適性と盗難防止)、低めのカウンター式手洗い器(子どもでも手が届くように)、ブース内ベビーベッド(乳児はいつも母親のそばで見守りたい・写真1)、タンク隠蔽式(設備室を設け、ブース内にシスタンバルブのみ取り付け)、ペーパー汚物入れ一体型(ステンレス製壁埋め込み・写真1)、音姫(使用時の消音)取り付け(写真1)、手すり取り付け(妊娠中の母親は立ち上がるのが大変なので・写真1)、天井まで届くブース高(のぞき不安解消)、基礎ピット付き(アフターメンテナンス配慮)等々要望を盛り込んだ設計となった。7㎡の中に大1、小2、手1、ベビーベッド(固定式)1、設備収納室1を備えた設備一体型トイレである。しかし、これを男女兼用トイレとして使用することにはまだ抵抗があり、分離使用を目指して5種類の平面バリエーションを作った。このうちの1つは、身障者用トイレ(その後多目的トイレという呼称にする)とした。
身障者用トイレは車イスでの利用を可能にする構成だったが、公衆トイレにおいてまだ数値的な規制はほとんどなく、車イスで入れる幅や室内で回転できる空間、少し高めの洋式便器、手すりなどが主な設置条件であった。しかし、私のまわりに車イスを使用している人はいなかったので、このレイアウトには悩みが多かった。とりあえずこれらを教科書通りに配置してみてもそれでいいのかどうか分からないので、地域の福祉施設などへボランティアに行き、生の声を聞くことにした。東北のある養護学校のグラウンドに設置するトイレでは、学校に出向くことにより「障害」といってもさまざまな不都合があることを知った。その解決のためには、車イスでの利用が可能なだけでは不十分である。学校のトイレは障害の特性に応じてトイレが分けてあったが、公衆トイレではそのような使い分けは不可能に近い。公衆トイレは「不特定多数の人が利用可能な」という枕詞が付くゆえに難しい。

4.ユニバーサルデザインの必要性

東北では、障害をもつ人が外出をする習慣は少ない。仕事で東京近郊へ行くと車イスで仕事をしている人が多いことに気づくが、その必要性からインフラの整備も進んでいるようである。東北では、障害があると家庭の中や施設に閉じこもりがちで、外出や、まして仕事に出かけること自体あまりない。そうした習慣が、逆にインフラ整備を遅れさせてきたのかもしれない。特に外出時、自分の家以外に使用できるトイレがないと、出かけること自体不可能である。長い不況の中で、公共事業の削減から公衆トイレの新設も不要とされがちであったが、その中で障害をもつ人の社会参加は少しずつ進んできた。また、市民活動も行われるようになり、そうした方たちの声もいろいろなところへ届き始めた。予算のない中で活動範囲を広げ社会参加をすすめるためには、まず今あるトイレを見直し、少しでも使えるようにすることだ。障害者用トイレマークのついたトイレ調査をすると、勿体ないトイレが多い。そのバリアーを取り払うところから始め、同時にユニバーサルデザインを進めることが重要である。ユニバーサルデザインの解釈はいろいろであるが、アメリカの建築家ロン・メイスによって’90年ころに構築された比較的新しい考え方である。人間のいろいろな「違い」を特別視することなく、社会全体を暮らしやすく、使いやすく設計するというような考え方である。障害のある人も等しく同じ社会で生きるといったノーマライゼーションや、社会に生じてしまった障害を取り払うという意味でのバリアフリーとも似かよった考え方であるが、ユニバーサルデザイン(以下UDと略す)は、どの考え方よりも幅の広い豊かな考え方であると思う。そして、UDは現在あらゆる分野で取り入れられつつあるが、トイレの設計においては、最も重要なポイントであると考えている。

5.公衆トイレの設計とUD

(a)予算と条例

 公衆トイレ設計の条件には、世相を反映して厳しい予算の縛りがある。その中で要望される必要穴数を確保し、必要最低限の空間を造らなければならない。予算がないからといって変に狭い、使い勝手の悪い空間にしてしまうのは避けたい。弱者を標的にした犯罪を防ぐためには、従来の男女共用トイレも極力避けたい。望ましいのは男子トイレ、多目的トイレ、女子トイレに分けて設置し、多目的はさらに男女別にするのが良い。もしくは、男女トイレの中に車イスで使用できるブースを設けるとさらに良いかもしれない。多目的トイレの設計は、ハートビル法、福祉のまちづくり条例(都道府県によって詳細は異なる)等に基づき、(さらに公園内トイレにおいては、ゆったりトイレの指針に基づくのが望ましい)さらにご担当者との打ち合わせによって詳細を決定する。これらの条例が制定され始めたのは`94年ごろからで、内容には地域によってかなりの差が認められる。近年は、地域住民の方との話し合いで、要望が出されることも多い。そうした話し合いの中で要望が増えると、条例で決められた数値を確保できなくなる場合も多く、そのあたりの解決に時間がかかる場合が増えてきた。時間も限られている中で、丁寧に設計をすることが大切である。特に多目的トイレの壁面の器具取り付けに関しては、トラブルも多い。手すりと紙巻き器、洗浄ボタン、非常警報ボタンの位置関係はいまだに難しく、共通レイアウトとしてUD化する動きもあるが、決定打はない。実際、いわゆる障害者用トイレを調査すると、全くバラバラといっても過言ではない。先日は障害のある知人から、非常警報ボタンを便器の横に付けるのはやめて欲しいと言われた。手近なところにあるべきだと思っていたが、彼によると身繕いをする時に手がぶつかり、警護員がブースに入ってきて困るのだと言う。ますます悩ましくなってくる。近年は多くの障害に対応するため、設置の必要な機種も増えたが、狭い空間の中で、やりくりしてレイアウトしなければならない。当然費用もかさむ。この頃はベビーベッドやベビーチェア、汚物入れ(女子・多目的トイレには必需品で中が見えないこと)は勿論のこと、センサーやリモコン、節水装置、シートペーパー、ジェットタオルなども増えて壁面が足りない状況であるし、やたらと取り付けてある手すりも気にかかる。賢明な取捨選択が必要になってくるだろう。

(b)給排水設備について

 弊社のトイレは、トイレ本体の中に二次側設備を組み込んでいるため、一次側との接続には特に気を使わなければならない。都市部で下水道に直接接続したり、浄化槽処理ができれば比較的問題はないが、自然公園においてはそうした処理は不可能な場合が多い。その場合、処理方式として高度処理循環方式土壌処理方式コンポスト処理方式簡易水洗汲み取り式等を推奨している。自然公園といっても設置条件は様々であるため、現地調査、打ち合わせを重ね、予算に見合った最も適切な処理方式をお薦めする。公共事業は冬場に施工されることが多いが、東北は凍結や雪との戦いになるため、煩雑な設備を工場内で本体に組み込んでしまうやり方は、現場での苦労、経費を削減することができる。
また、公共トイレではロータンク方式はいたずらの対象となりやすいため、フラッシュバルブ方式を要望されることが多い。穴数にもよるが、フラッシュバルブは給水管の径が最低25ミリ以上必要である。しかし、トイレは広大な公園の端に設置される場合が多く、打ち合わせを重ねるうちに、給水管を20ミリにせざるを得ないこともしばしばである。そうなるとロータンクの設置を余儀なくされ、破損防止のためにステンレス等でのカバーや、陶製の衛生器具を避けてステンレス製の器具を取り付けることになる。ここで問題になるのは、そうした器具のバリエーションの少なさである。特殊便器であるので仕方がないが、納期がかかることと、UD対応器具開発の遅れがトラブルを招く。例えば、UD対応の手洗い器やオストメイト対応器具を見つけることができない。陶製器具にしても、現在のオストメイト器具はフラッシュバルブ対応になっており、給水管径20ミリの世界では対応に苦慮している。要望の多様化について行けてないのである。(写真2:多目的汚物流し用ロータンクを隠すステンレスカバーと給水管カバー)タンクを壁の中に隠す方式を求められることもあるが、限られた空間の中で解決することは難しい。

(c)電気設備について

 以前はトイレにおける電気設備といえば、室内灯や外灯、多目的トイレの非常警報ボタンぐらいであった。東北では特に冬期は公衆トイレを閉鎖することが多いので、それで済んでいたのだが、高齢者の増加、障害をもつ人の社会参加、冬の観光旅行等も増えたため、冬でも使える公衆トイレが求められるようになった。寒冷地のトイレについては、様々な対応があるが、いずれにしても快適性を求めると電気エネルギーが必要である。そして自然環境の中では商用電源を得ることは難しく、ソーラーや風力を利用することになる。また、下水道以外の処理方式では、ブロアーやポンプを動かすために常時電源が必要であるので、電源の確保は重要な問題である。
また、ソフト面では警報システムのあり方が近年の課題といえる。非常警報ボタンをどこに付ければ良いか、どのように解除するのがよいか、警報をどこに伝えるべきか等問題は多い。以前は非常警報ボタンは、身障者用トイレの壁面に付けると相場は決まっていたが、この頃は女子トイレのブースすべてとか、ならば男子にも付けるべきといった議論になる。都市部においては増加するトイレへの長期滞留者(住所不定者)対策、若者の不適切利用等が問題になり、公衆トイレの快適性がすなわちこのような問題を招いている訳で、頭が痛い。これらは、現在のところ警報システムとの連動で対応している現状である。
また、多目的トイレの洗浄方式については、身障者用便器のロータンクに付いたリングを引っ張るか、(写真3)クツベラ式+足踏み式のフラッシュバルブを押す方式だったが、現在の主流は自動フラッシュバルブかセンサー、リモコン利用である。これらもトイレの電気設備を複雑にしている。地域によってはこうした自動を認めない場合もあるが、器具の開発は先へ進んでおり、従来の手動式の器具が廃番になっていることも多い。リング式は障害のある方に、今も根強い人気であるが。また、音声での案内、節水装置等も今後含まれてくるだろう。
こう考えると、照明器具を付け、節電の方法について討議していた頃が懐かしく思えてくる。現在は、照明器具は自動点滅器もしくは人感センサーで作動し、省エネを図る。こうしたソフト面も含めた問題は、技術だけで解決できることではないので、地域自治を含め、システムだけに頼らない方法が良いのではないかと思える。トイレの問題は、結局は人間力で解決するのが良いのではないだろうか。

6.さいごに

 公衆トイレとユニバーサルデザインは、簡単そうで難しい課題である。しかし、少子高齢社会が進展する中で、解決すべき重要な課題でもあることは、多くの人に知られるようになってきた。人間が快適な生活を営んでいくために必要なことであるし、何よりそれによって、より多くの人が自立した生活を送ることができる可能性を秘めているからである。
今後はさらに要素が増え、災害時にだれもが快適に使えるトイレが課題になるだろう。
私自身は、一つのトイレですべての人が快適に使えるトイレは不可能ではないかと思っている。条例等を遵守しながら緩やかに捉え、その地域の方が良いと思えるトイレをつくるのが喜ばれるトイレづくりではないだろうか。「だれもが使いやすいトイレ」とは、センサーや機器に囲まれたトイレではなく、実はシンプルなトイレなのではないかと、ひそかに思っている。