MEDIA メディア掲載・対談
荘内銀行総合研究所発行 Future SIGHT №14 2001/10
『美しく地域に役立つ公共空間に 循環式トイレ (株)クラフト 結城 玲子』
「いったい何をしている会社なのですか」と、よく尋ねられる。説明が難しい。一時期「トイレ屋です」と答えていたこともあったが、誤解を招きやすいので「景観施設を作っています」と答えることが多くなった。建設業でも土木業でもない公園施設業というところに属する。公園づくりや地域づくりを対象としているので、純然たる公共事業である。
会社は大正三年に創業し、現社長で四代続けて公共事業を行ってきた。私自身そうした中で育ちながら、公共事業とは何かなどと考えたこともなかった。子育てが一段落して九十二年に入社し、本格的に企画開発の仕事を始めた。当時会社は、社長の方針で事業を公共トイレに特化しており、唐突ではあったがトイレを建築ではなく完全製品化するプロジェクトを命じられた。助成金を得ての開発であるため、一年間の期間限定である。あまりに突然で方向性を見いだせなかったが、公共トイレを使う側としての思いをすべてその製品に向けることにした。
会社ではすでにコンクリートパネル組み立て式のトイレを開発販売し、順調に推移していたが、二次製品としては中途半端であった。命題は極力現場施工を減らし、人件費と施工日数を削減して良い製品を低価格で提供することである。通常は当然現場打ちする基礎まですべてコンパクトに二次製品化し、大金を投じて型枠を作り、テクノシリーズと名付けて販売を開始した。デザインは三種類。内装、外装すべてトータルにカラーコーディネートされた完全二次製品トイレである。
それまでいわゆる「公衆トイレ」はおおむね行政の手によって設計され、現場施工されてきたが、従来型の発想であったためか特に女性からの評判は今ひとつ芳しくなかった。すでにニーズとして、公共トイレは用を足す場所から快適空間へ移行していたからである。公共施設の現状を調べているため、とりあえず山形市内の公共トイレをすべて回って調査を行い、使用している人の声をひろった。そうした地域のニーズと自分自身の願望をまとめ、スタッフと協力しながら形にしていった。試作品は山形市内の公園に提供し、ゲートボールのお年寄り、赤ちゃん連れのお母さん、学校帰りの子どもたちに利用されている。多くの人に喜んで戴けたことは、仕事に対する大きな励みになった。
この試作品を基に、製品開発にかかわる思いを込めてテクノシリーズのカタログを制作した。写真撮影からコピー、レイアウトまですべて自社で行う手作りである。カタログはダイレクトメールで全国各地の市町村、設計事務所、コンサル、ゼネコン等へ送り、営業マンがバックアップする。縁故も何もない見知らぬところへ東北の零細企業が乗り込んでいって、興味を示してもらえるものだろうかと不安は尽きない。開発にかかった経費を考えれば不安は一層募るばかりであったが、実用新案、意匠登録をすませたテクノシリーズは翌年、通商産業省のグッドデザイン選定を受け、さらに発明協会の山形支部長賞、全国グッドトイレ10賞を受賞することができた。公共トイレの常識を破ったシンプルな外観を、施工の簡便性、親切設計が受け入れられ、少しずつ全国各地より受注が増えていった。
こうした手法は企業としての明確な方針であり、一般的な公共事業の進め方とは違っている。行政からの注文にこたえるという形ではなく、逆にこちらから必要とするかどうか問う形である。それが合致しなければ受注に結びつくことは難しい。すでに開発に際し投資を行っているので、大きなニーズを掘り起こし前向きに提案していくことは充実した仕事である。
私自身、公共事業とは「地域に役立つ美しいものをつくること」と認識している。「美しい」という要素は、デザインに携わる者としての自負である。公共空間は個人のものではないので、公共物をつくる者として常に肝に銘じている。私たちは公共空間に対する責任がある。
公共物は誰にとっても有益でありたい。そのためには常に生活者の視点で物事をとらえ、地域のニーズを知ることが重要である。そしてさらに先を読み、地域に必要とされるものを先取りして提供すること。それは時として突飛な発想としてすぐには受け入れられないことも多いので、営業する者は大変である。誰もが経験していて「良い」と思ったものを売ることは簡単だが、前例がないものを売らなければならないのである。しかしリスクを恐れていては前に進むことは出来ない。幸い技術的には創業以来のクラフトマンシップ(正門的な職人意識)があり、社員は少数でもきっちりした仕事をする気風は今も昔も変わらない。他の人がしていないことをするためには地道な努力と、勇気と英断が必要である。誠意ある製品づくりをして実績を積み、アフターケアを充実させること。その積み重ねが、地域に貢献できることになると考えている。九六年に行われた国際トイレシンポジウムの席上で衝撃的な発表が行われた。人間のし尿等による海洋汚染で、2014年には魚不足になり、魚が食べられなくなるだろうという予測である。この報告を受けて私たち日本トイレ協会では、翌年尾瀬で山岳トイレシンポジウムのための準備会と調査を行った。尾瀬のようなところでも水質の変化が認められたのである。以前より仕事の在り方としてトイレを販売するだけではなく、汚物処理を含めて検討しなければならないと考えていた社長は、システムを含めたトイレを開発する方針を固めた。そえは土壌や水質を汚染しない方式で、かつインフラが整備されていない場所でも有効に稼動するシステムでなければならない。そして努力を重ね、96年10月には、太陽光、雨水を利用した 循環型トイレを開発し、南陽市の山中に設置した。その後自然への負荷を軽減するため、風力発電や水力発電、焼却式、コンポスト方式といった可能性も検討するようになった。二次製品の単純な販売とは違い、汚物処理システムを導入するためにはその地域に合った方式を提案しなければならない。予算の問題も大きい。富士山でうまくいった方式が、山形で順調に稼動するとは限らない。地盤、土壌、水力、日照、風力等調査をした上で最も効率がよく環境負荷が少ない方式を提案するのだが、地道な仕事である。
公共事業は日々厳しさを増している。生活者としてまだまだ足りないと思うものもあるが、必要なものとそうでないものとのバランスが崩れているのではないかと感じられる。今後日本は少子高齢化が加速されて行くのであるから、そうした社会に必要なことが優先されるべきではないだろうか。時代に求められているもの、本質的に良いものが供給されることが、望ましい公共事業であると思う。