MEDIA メディア掲載・対談
朝日新聞 1998/09/03
『やまがた人名録景観デザイナー 結城玲子さん』
-公共トイレの仕事に情熱を注いでいますね。
15年ほど前からでしょうか。当時、私は公共トイレのあり方に強い疑問を持っていました。くみ取り式で、暗い、臭い、汚い。観光地として有名な公園でもそうだった。それで、自分が使いたいのはどんなトイレか、こういうトイレをつくったらどうだろうと取り組み始め、のめり込みました。「トイレ人生」かもしれませんね。
-環境に配慮したトイレが課題だそうですが。
日本トイレ協会と出会って、景観や使い勝手の問題だけじゃなく、「水」の問題を何とかしないと大変なことになると思うようになったんです。トイレを何とかしないと、海や川がだめになってしまう。そういう思いで作ってきました。
6月に初の「全国山岳トイレシンポジウム」が甲府市であり、パネリストとして参加しました。富士山は日本を代表する山ですが、今は各地で表面化している、し尿汚染の象徴でもあるんです。 現場は、ひどいの一言です。富士山では、登山者のし尿を山岳会のメンバーがひしゃくで袋に詰め、リュックで背負ってふもとに下ろしています。登山者が自分のし尿を持ち帰る実験も始まっています。そこまでしないといけないところまで来ている。
尾瀬では、し尿を浄化槽処理して流していたんですが、(富栄養化で)植生が全く変わってミズバショウがお化けになってしまった。それで、パイプラインで流そうか、ヘリコプターで運ぼうかと、血のにじむような努力をしています。ティッシュは石油製品だからずっと消えず、風に舞う「吹雪」になるか、沢筋に残るかなんだそうです。
山は一番の水源です。山の汚染は飲み水の問題なんです。まだ山形では汚染は見られないようですが、山小屋の経営者の方々はやはり悩んでいるようです。
-下水道の整備でも、水洗トイレに必要な水が足りないという問題もあります。それで建設省はダム建設を推進するとか。
私も以前まではもっと下水道の普及率を上げるべきだと思っていた。でも、水には限りがないと思ってどんどん使い、何でも流してしまう発想は危険です。下水道でも浄化槽でも、水は元のきれいな状態には戻らない。それが川や海に流れていくんです。一般的に、処理水は生物化学的酸素要求量(BOD)が20以下なら放流できますが、これを流し続けていたら、海や川はどうなるのか。積み重ねが怖いんです。
-水を大量に使わず、汚水も出さないトイレは可能ですか。
難しいです。色々な条件を満たそうとすれば、たいへんな費用がかかる。費用は大きな問題です。だから、発想の転換が必要なのかなと思います。当初、私は「くみ取り式はやめてほしい」と言っていたわけですが、くみ取り式に戻らなくてはいけないのか、と悩むこともあります。でも、昔のくみ取り式でやるわけにはいかない。し尿の量は爆発的に増えているんですから。
コンポスト化するのがいい、という声が出ています。し尿を水分と汚物、ティッシュに分け、固形物は取り除く。水分は浄化して便器の流し水に再利用する。水は必要だが汚水は排出させない、となると循環させるしかありません。それには汚水の浄化技術が必要なんです。やはり、かなりの費用がかかります。
私は、美食に一生懸命になって、排せつ物のことを考えないような日本人のあり方を見直さないといけないと思います。今のままだと、様々なツケが子供の世代に回ってくるのではないでしょうか。
ゆうき れいこ
山形市生まれ。環境・景観施設の設計製作会社「クラフト」取締役デザイン設計室長。手がけた作品は通産省グッドデザインなど多数受賞。山形市内の若手建築家らと市内の古い建造物を守る活動も。96年には、山形市に景観条例の制定を求める署名活動を展開した。中高生3人の母。44歳。